前回は小学3年生の頃、エレクトーンを習い、「小さい頃は遊びが大事!」と仰るピアノの先生に習いながら、のびのび過ごしていたところまでを書きましたが、今日はその続きです。
母がどこかから聞いてきたようで、3年生の途中でヤマハ音楽教室をやめて、土曜の午後に大阪音楽大学付属音楽教室に通うことになりました。ここが、本当に楽しかった!授業は4時間目まであるのですが、確か2時間目までは聴音やソルフェージュ(楽譜を初見で歌う、リズム打ちなど)、3時間目は合唱、4時間目は合奏という時間割でした。合奏は、音大ですから木琴や鉄琴、大太鼓やティンパニーなど、何でも贅沢に使えました。発表会では皆でビゼーの「アルルの女」などを演奏して楽しかったです。毎日の学校がここで、音楽だけをしていればいい生活だったらどんなに楽しいだろう!と思ったのを思い出します。
それから、これもまた兄が習っていた影響で、4年生からはヴァイオリンも始めました。(同時にエレクトーンはやめました。)50代の男の先生でしたが、その先生が本当に独特で、レッスンは非常に厳しいものでした。毎回、自分の前の生徒さん達のレッスンを正座して聴くのですが、張り詰めた緊張感の中で、先生は海外事情も含めた音楽に関するいろいろな話をしてくださいました。先生のお宅は廊下の壁紙やそこに飾ってある写真、インテリアの全てにヨーロッパの本物の雰囲気があって、毎日の学校と比べてここは別世界だなあ、といつも思っていました。
結局ヴァイオリンは、中学2年生の時にピアノとの両立が大変でやめてしまいましたが、習って良かったこととして、まず、その先生から芸術に対する厳しい姿勢を学べた、というのがあります。そして、ヴァイオリンはピアノと違って音程を自分で決められるので、同じドの音でも微妙に音の高さを変えることによって、音の表情や気分が変わることを学びました。それは今、私がピアノを弾きながら音をイメージする時に、役立っているような気がしています。
当時はヴァイオリンとピアノの練習に追われており、中学3年生までは大阪音楽大学の教室も続けていたので忙しかったのですが、今から思うといろいろな角度から音楽を学べた、いい時期だったような気がします。大阪音大の教室では、中学生ぐらいになると友達と休み時間に、学食でラーメンやうどんを食べたのも楽しかったな~♪
次回は、ピアノを本格的に学ぶようになった4年生からのことを書きますね!
※ちなみに何度か登場した兄ですが、自分で弾くよりも聴く方が好きだったようで、中学の頃にはピアノもヴァイオリンもやめて、聴き専門のクラシックファンになりました。